公務員ポートフォリオワーカー島田正樹さんが『仕事の楽しさは自分でつくる!公務員の働き方デザイン』に込めた想い | 隣の公務員

公務員ポートフォリオワーカー島田正樹さんが『仕事の楽しさは自分でつくる!公務員の働き方デザイン』に込めた想い

公務員として働いていて、どこか窮屈さを感じる。そんな方に、ぜひ読んでいただきたい本がある。公務員ポートフォリオワーカー島田正樹さんが2021年2月に出版した『仕事の楽しさは自分でつくる!公務員の働き方デザイン』だ。さいたま市の職員であると同時に、夫・父親、地域活動の主催者、公務員のキャリアについての活動の主催者、ブロガー、ワークショップデザイナーと多彩な顔を持つ島田さん。

公務員ポートフォリオワーカー島田正樹さん

会った人が驚くほどおだやかなお人柄の島田さんだが、島田さんから発される問いは、はっとするほど本質をつく。熱い情熱を思考の糧に変換して文章に吐き出しているかのように、紡ぎ出される文章もまた、読者の「当たり前」を激しく揺さぶる。

そんな島田さんに本を出すに至った経緯や、込めた想いや背景を聞いた。

自分を信じたというより、プロの編集者が自分を信じてくれたことを信じた

ーーどういうできっかけで本を出版することになったのですか?

ブログを読んでくださった学陽書房の編集者の方が、新しい企画書を書くための取材として、声をかけてくださいました。
仕事終わりに都内のカフェで、インタビューを受けて。「こういうことについて、どう思われますか?」といった感じで。
その後、企画が出版社の企画会議で通って、書いていくことになりました。


ーーテーマはどのように決定されたのですか?

実は今回の本のテーマは、編集の方からご提案いただいたものなのです。編集の方からは、「公務員の人たちが楽しく働けるようなヒントを届ける本を作りたい」と言われました。
私としては、少し意外でした。もし、本を出すことがあれば、これまで書いてきたブログの内容の延長になるだろうと思っていましたから。
公務員のライフシフトや、パラレルキャリアなんかについてですね。
今回はそうではなくて、あまりにど真ん中、王道のテーマでした。びっくりというか、恐れ多い、大丈夫かな? という気持ちになりました


ーー私の中で島田さんと言えば、何事にも恐れずに発信されているというイメージでしたので、その島田さんが、恐れ多い、大丈夫かなと思われたというのは、意外な気がします。


今まであまり書いていないテーマだったので。私に書く資格があるのかな、と。


ーーなるほど、島田さんがブログの中でも触れておられる「おまいう」問題ですね。そういう不安があったにも関わらず、どうして書こうと思えたのですか。


一番は、プロの編集者の力を借りて、本を出すということが私の夢だったからです。雑に言えば、飛びついたんです(笑)
あと、プロの編集者の方が気にかけてくれて、島田なら書けるんじゃないかと思ってくれた、それも編集会議に通ったというんのですから、一人ではなく、複数人の編集者の方がそう思ってくださったということですよね。それが大きかった。
自分ができると信じたというより、プロの方々ができると思ってくださったことを信じたんです。自分には見えていないけど、周りの人には見えている何かがあるのかなと。クランボルツ的な考え方ですよね。

1000本の記事のうち、実際に本の原稿にできたのは数本だけ、という誤算


ーー書き始めてから、あれ、こんなはずでは、みたいな想定外なことはありましたか?


書くのが、すごく大変でした(笑)本当に大変だったのですよ。


ーーブログで1000本も記事を書いてこられた島田さんでもですか?


はい。ブログは、思っていることを、思っているまま書いているんですよね。でも、本はそうはいかない。限られた紙面で、商業出版に耐えられるものを書かなければいけない。
すごく時間がかかってしまいました。この本は42項目から成っているんですけど、当初は、1000本くらい記事があるんだから、そのうち20本くらいは、ブログの記事をそのまま使えるだろうと思っていたんです。ところが、全然ないんです。実際に使えたのは数本で、しかもそのままどころか、ベースとして使えたくらいでした。


ーーびっくりです。


はい。思えば、そもそも、今回いただいたテーマに、あまり目を向けていなかったんですよね。


ーー個人的な感想なのですが、前半と後半で、受ける印象が違うなと思いました。後半の方がブログを読んでいるときに感じる島田さん感をよく感じたのですが。前半と後半で書きやすさの違いなどはありましたか?


前半は仕事のデザイン、人間関係、など、Tips感が強かったからではないでしょうか。
便利なテクニック論って、ブログではあまり書いたことがなかったんです。
抽象度が低い話が多くなりますし、言い回しについて、編集者からの手入れが入ることも多かったので、ブログの感じと少し違うなと感じられたかもしれません。
でも、実は前半の方が書きやすかったんですよ。
記事にはしていなかったのですが、普段から自然とやっていたことを書くだけだったので。
後半の方が、普段からブログでよく書いていたことなのですが、筆が重かったです。
もちろん、折々には触れてきたことなのですが、自分の中でしっかりまとめきれていなかったんですね。
自分が世の中に問いたいことは何だろう、と。

島田さんにとっての「問い」とは


ーー島田さんは、「問い」のチカラで世の中の「当たり前」から少しだけ自由になりたい、とブログの中でもおっしゃっていますよね。島田さんにとって、「問い」とはどういう存在なのでしょうか?


橋、武器、翻訳機、・・・・・・・。
完全なメタファーはないですね。
問い「を使う」という感じ。問いを使って何かをする、という。今、この世の中に存在する動詞ではうまく説明できないのですが。
コミュニケーションの手段とも言えますし、みんなの当たり前だと思っている慣習や価値観のベールをはがす、排除する武器とも言えますし、わかりあえないような両者がいたとき「そもそもなんだっけ?」と異なる意味に翻訳されていたものを整える翻訳機とも言えます。


ーーいつから、「問い」を意識されるようになったのでしょうか。


明確に意識するようになったのは、ここ数年です。ワークショップについて学ぶ中で、自覚的になりました。内閣府に行った頃、ブログを書き始めてからですかね。
特に、ワールドカフェなんかは、機能する問いを立てられるかで、場の価値が変わるじゃないですか。モヤモヤとずっと抱いていた問いのチカラに対する認識が、固まって、自覚したという感じですかね。


ただ、働き始めた頃、入社してすぐからクリティカルシンキング的なところはあったのです。先輩に「そもそもこれってどういうことなんでしょうね?」なんて聞いていましたから。
問いの形ではないけれど、それって、本当に当然でいいのかな? というモヤモヤとした思いがまずあって、それが表に動作として現れたのが問い、なのだと思います。


ーーそれは、大学、大学院で研究をされていたことと関係があるのでしょうか。


もしかしたら理系的かもしれないですね。どこかで、それは当たり前ではなくないか? と思っている節があります。

自分の人生のハンドルは、自分で握ろう


ーー差し支えなければ、お話いただきたいのですが、ブログの中で、大学院時代を振り返って周りのせいにばかりしていた、と触れられていますよね。ですが、今回、出版された本の中では、徹底的に自分主導というか、自分側でできることに焦点をあてることを訴えていらっしゃるように感じました。この変化はどのように生じたのでしょうか。


一言で言えば、他人のせいにすることに懲りたんです。
大学院時代だけじゃなくて、小中高大、進学まで。さいたま市に入るまで、自分は自分で決めてこなかった。その結果が、就活時代の苦しみだったんだなと思って。
人任せにすることで、結局、自分で自分を苦しめたんだと思ったのです。
人任せにして、自分の人生の手綱を自分で取らずにいるのは、大変なことだと。
他人のせいにするのは、一見楽なんです。責任逃れができる。でも、他人のせいにするってことは、自分の人生すべてを他人に決められるということと同じなんです。自分で決めて、自分で引き受けないと、思い通りにはならないんです。


ーー島田さんが、本の中で、読者に一番伝えたかったことは、なんですか。


自分の人生のハンドルは、自分で握ろう、です。


ーーそう思えるようになったきっかけは、なんだったのでしょうか。


今思えば、柴田朋子先生のキャリアデザインの勉強会がきっかけですかね。内閣府に派遣された1月、2月くらいだったでしょうか。それから金井先生の本なども読んで勉強をして、人に任せていない方がいいのかな、と思うようになりました。


ーー内閣府の出向は、島田さんにとって大きな転機だったのではないかな、と思ったのですが、いかがだったでしょうか。


そうですね。内示を受けたときは、正直、「人事は私のキャリアパスをどう考えているんだろう」と思いました。化学技師でありながら、化学技師としての仕事を全くしていない。それまで、自分のキャリアパスってどうなるんだろうとずっと不安だったんですね。


ただ、内閣府に出向することになって、吹っ切れた、という面もありました。一言で言うと「解放」。化学技師というアイデンティティからの解放です。ここまできたら、事務屋も技術屋も関係ないなと
そうはいっても当時は素直に手放せなかったんですけどね。実は係長になったら急に技師のポストにつけるんじゃないの? と疑ったり。

市役所という装置の力を借りずに、世の中に価値を生み出す存在になりたい


ーー島田さんにとっての、北極星は、なんでしょうか。


このテーマで生きていこう、という確たるものはまだなくて、まだ弱い気がしています。
子どものときから向き合ってきたもの、いや、ある意味、長く向き合えていなかったもの、それが働き方やキャリアという文脈と近いものではないかと思っています。
公務員の人や地域の人の抱える雇用や職業についての、「どうしよう」という不安に力になりたい。一つの方法が、先日資格を取ったキャリアコンサルタントです。モノを書いたりするのも、その手段ですね。行政マンになったから、このテーマというより、自分の感性です。


ーー子どものときからのキャリア、というのはどういうことでしょうか。


たとえば、どうやって志望校を選ぶか、そんなところからですね。だいたい、親や学校の支援を受けて決定するんだと思うんですけど。
私の場合、母、自分、妹の3人の家庭で。親が苦労しているのを見ていたんですよね。職業的な夢がなかった。
また、中学生くらいのときに引っ越しをしたんですけど、引っ越し前の地元の公立中学に電車に乗って通い続けるか、転校するかといったことも自分で決められなかったんです。
人によっては、私と同じような体験をしても、教育や母子家庭をテーマにされるかもしれません。私の場合は、それがキャリアでした。


ーー島田さんがこれからやっていきたいと思っていらっしゃることを教えてください。


もう少し、市役所という装置の力を借りずに、世の中に価値を生み出す存在になれたらなと思います。


ーー市役所という装置、ですか。


はい。ゲッターロボやガンダムのように、乗り込んで操作して、自分一人の手では動かせないものを動かす、手が届かないものを届くようにする、というのが組織という装置だと思うのです。会社も同じですが。
今後は、地域や2枚目の名刺、キャリアコンサルタントとしての自分、を軸に活動していきたいと思っています。
年度内に30人くらい、キャリアコンサルタントを受けたいという方を募集させていただく計画もあります。まずは、実績づくりかなと。
組織に頼らず、埼玉でないところでも、専門性を確立していきたいなと。個人でも世の中に影響を与えられる人になりたいのです。
そうすることで、市役所という装置を使う代わりに、装置に関わっていない時間まで制限されるような現状ではなくて、対等な関係になりたいのです。


ーーありがとうございます。お時間が近づいてきたので、ちょっと方向性の違う質問をさせていただきたいと思います。島田さんはさまざまな活動をされていますが、奥様ともいつも仲良くされていますよね。活動をしていても夫婦円満の秘訣を教えてください。


たまにすごく怒らせたり、怒られたりするんですよ。見せ方がうまいだけかもしれません(笑)
ただ、いいのか悪いのかはわからないのですが、あまり喧嘩をしないんですね。お互いに、最終的にわかり合えないこともあるよね、という意識があるんです。
全部わかってもらおうと思わない。いい意味であきらめて、手放している。
相手はこういうことをやってくれるんじゃないかと期待しないんです。そしたら、してもらえなくても、腹が立たない。
そもそも、あんまり怒らないんですけどね。
あと、できるだけ細かくほめるようにしています。妻だけでなく、子どもにも。


ーーへー、それは素敵ですね。どんな風にほめていらっしゃるんですか。


たとえば、昨日、朝ご飯をたべたあと、「この服、超かわいいじゃん、どうしたのー?」と言いました。ただ、お気に入りの服ではなかったようで、逆に怒られちゃいましたが。褒めるべきは、下のダルダルのズボンの方だったんだな、と(笑)
出自のわからない服やアクセサリーは要注意ですね(笑)
結婚して、もう15年くらいになりますが、いまだに「あれ、いつの間にメイクしたの? かわいいね」なんて言います。


ーー最後に、読者のみなさまにメッセージをお願いします。


公務員になりたい人も、公務員として働いていて、考えることがある人も、結局は、どういう職業の人でも、自分の幸せを自分で決めることが大切ではないかなと思います。
選べる道があるなら、周りの人や本、インターネットの力も借りて、最終的には、自分の幸せを自分で決めてください。自分が自分の人生を歩めるように

島田さん、ありがとうございました!

これからも島田さんの活躍から目を離せませんね。

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この記事を書いた人:編集長
編集長

隣の公務員管理人、キャリアコンサルタントです。スーパー公務員でもなんでもない普通の公務員です。大学卒業後、ぷらぷらしていたら、貯金残高が2万7千円になりました。そろそろまじめに働かねば食べていけない!と危機感を覚え、就職活動を始めたところ、大阪府庁に拾っていただきました。命の恩人です。令和元年5月に第一子を出産、令和2年5月に育休から職場復帰しました。最近の悩みは、息子が私のお腹の上で立とうとすることです。

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