家事って私の永遠の仕事ではないんだなぁ。

上の子どもが小学校の間は、残業のない職場にいました。マミートラックを抜け出すために、上の子どもが小学校に上がるのを機に、 やりたい仕事に希望して異動しました。その部署は、土日祝、夜間勤務のうえに、仕事量も盛り盛りの職場でした。
遅番の時は、事前に祖父母に子どもたちのお迎えと夕飯をお願いして、夫にもいつもより早く帰ってきてもらいました。土日祝は、やはり土日祝勤務の夫と調整に苦労しました。そのシフトのやりくりや祖父母との電話での 日程調整だけでも一仕事でしたね。


次の異動先も仕事が 山盛りだったので、 毎週金曜日を残業日にして、またまた祖父母と夫を手配しました。それでも片付かない時は、夫の休みの土日に仕事に行きました。

残業したくても、日程を調整しておかないとできないので、急な残業は上司にお願いしていました。特に時間の読めない議会待機は上司頼みでした。祖父母の家は車や電車で1時間超なので気軽にたびたびは頼めませんでした。


今回のコロナ禍で学校が自粛の間、朝、私が作ったものを、子どもたちで昼に温め直して食べていました。そのあと、食器の片付けは子どもたちで。週2回、3種類の宅配が来たら、冷蔵庫にしまってくれるようにもなりました。私が朝寝坊して、昼御飯を作れないときは、ありものの材料で、電子レンジ料理もするようになりました。

先週、議会絡みで残業になりました。 仕方なく、家に電話して、子どもたちに適当にごはん食べるようにお願いしました。仕事が終わって慌てて帰ったら、子どもたちで夕飯を作って食べ終わってくつろいでました。
学校自粛中は、子どもたちで夕飯の片付けもするようになりました。これまでもやっていた、お風呂掃除、洗たく物干し、布団敷きもあわせると、 帰宅後の家事がホントにラクになりましたね。ありがたいです。


先日も体調が悪くて寝ていたのですが、自分たちたちで、ご飯を食べてましたし。
こうやって、一つずつ家のことも家族の一員 として、出来るようになっていくですね。子育てと家事の大変さって、永遠じゃないんですね。
今日も夕飯を夫と子どもで楽しげに作っていて、その間、 ブログ一本書けました。

あー、ありがたいです。

この記事を書いた人:上木宇宙

上木宇宙

人生100年代、公務員だけの人生で、定年を迎えることに危機感を持っています。「まんなかタイムス」というweb マガジンで公務員インタビューで100人目指しています。 (ブログ) https://profile.ameba.jp/me

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